【ひとりごと】帰省時の寂しさ

こんにちは。

まずやってみて、気が付いたことを書いておりますが、

今回は、単純に、ただ書きたいことです。


大型連休中に、実家へ帰省しました。

実家は、遠いこともあり、久しぶりの帰省で、

8か月を過ぎた息子を連れ、初めての帰省になりました。


久しぶりの地元は、大きくは変わってないですが、

少し、変わっているところもありました。


新しく、コンビニが出来ていたり、

反対に、コンビニがつぶれていたり、

ちょっと大きな直売所が、出来ていたりしました。(田舎なので)


そういった変化の中、ショックな変化も有りました。


実家の裏には、お店があります。

地域の方々が、利用する小さなお店で、

地元に根付いたお店です。


肉、野菜、魚、お菓子、飲料水、

生活に必要なモノを扱っているお店です。


子どものころから、ちょっとしたお使い、

おこずかいで、お菓子を買ったりと

良く利用してました。


店主は、一人暮らしの80才を越える、おばあちゃんです。

実家の裏と言うこともあり、良くお世話になっていた私には、

父方、母方以外の「第3のおばあちゃん」的な存在になっていました。


帰省すると、必ず顔を出して挨拶してました。


今回の帰省でも、挨拶をしようと、お店に向かうと、

お店の半分を取り壊し、大きさが半分になっており、

「え?」と思いました。


お店の半分は、昔のままなので、引き戸になっている

お店の扉を開けようとすると、スムーズには動かなく、

懐かしさを感じます。


お店は、毎日19:00に閉めており、

私が、お店に入ったのも19:00前だったので、

この日は、私が最後のお客になりました。


お店の奥には、カウンターを支えにして、

うたた寝をしている、おばあちゃん。


こっそり近づこうと思うも、私に気付き

 「いらっしゃい。」

という。

その言葉に、どこか安心する私。


カウンターのそばには、石油ストーブを置き、

暖をとりながら、ストーブの上に置いたプライパンで

晩御飯にするという炒めモノを作っていました。

この風景も、懐かしいと感じました。


買ってきたお土産を渡すと、

「いつもごめんね。ありがとう。」

そしてすぐに腰を上げて、

「もってきな。」

と豆腐二丁をくれました。

昔から、何も変わりません。

何かを渡すと、必ず何かが返ってきます。


お店を半分にしたこと、

これからのこと、

ここの建物のこと、

など、少し話をしました。


店主のおばあちゃんは、次の誕生日で83才になります。

お店の設備(冷蔵後)が壊れ、

新規導入には300万円かかること。

今導入しても、年齢との関係があり、

「もう少し若ければ、、、」と話していました。


半分になったお店は、

昔のままで、懐かしさを持ち、

無くなった半分のお店を、寂しさと共に、思い出す自分がいました。


その後も、懐かしさを惜しむように、

私も話しをしてしまい、少し遅くなってしまいました。


店内にある張り紙を、私が見ていると、

「昔は、豆腐屋さんが、一枚一枚書いてきてくれた。」

「それを、お店の見えるところに残してある。」

「今は、なくなってしまった。」

と話してくれました。


そして、ポロッと

「あと一週間くらいで、お店をたたむんだ。」

「あなた達には、本当にお世話になった。ありがとうね。」

と聴いて、「えっ?」となり、言葉が無くなりました。


お店の大きさが、半分になっていることから、

ある程度、想像はしていましたが、 ショックでした。


私がお店を出て、少しすると、

昔と変わらない、シャッターを閉める

聞きなれた音が、響きました。


新しいモノが出来て、変わっていくのは、

ワクワクして嬉しいですが、

無くなる、いなくなるのは、とても寂しいです。


それが、自分とのつながりが、長く大きいほど、

根底に根付いていて、いつも変わらず、そこにあると

無いものを、有るかのように、

いないモノを、いるかのように、

錯覚していることに気が付きます。


実家の庭には、桜の木が一本あります。

満開でした。

風に枝が揺れ、花びらが、散り始めていました。


最後まで、読んでくださって有難うございます。

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